従業員専用駐輪場

見てしまった。
僕は、現場から逃げるように走り去った。
何も悪いことはしていないのに。
バイト先のホテルの脇にある「従業員専用駐輪場」。
そこで、僕の最愛のダジャレ女子が、同じ宴会サービスのバイトのアイツと抱き合ってたのだ。

いや、抱き合ってたんじゃないな。
抱きしめられてた、って感じだったな。
男は僕に気づいたけど、ダジャレの奴は気づいてない。
なぜなら、ヤツの広い胸に顔をうずめていたからだ。
彼女は泣いていた。
この間、見られてしまったのだ。
「宴会サービスのマドンナ」と僕が、いわゆる「あの手」のホテルから出てくる現場を、よりによって僕の最愛のダジャレ女子に。
あの子はふざけてばっかりで、恋愛にはちっとも奥手だと思っていた。
でもその時、僕を「不潔だ」と責め立てたあの顔の真剣さ。
しかし、僕はもう二十歳を超えている。
それにマドンナも、僕と誰かを二股かけているとはいえ、既婚者って訳じゃない。
「不潔」には傷ついた。
宴会サービスのバイトを辞めようか。
本気で悩んだ。
でも、そうすると彼女に会えなくなってしまう。
「ジョインしちゃって、いいですか~」と、お気楽な調子でランチの休憩時間に笑顔でテーブルにやってくるあの子。
いつも人に取り巻かれて幸せそうに笑ってる。
彼女は新人には親切だ。
新人は最初の頃、結婚式では特に緊張する。
そんなとき、彼女が得意のギャクで彼らの緊張をほぐしてあげてるのを、何度も見てきた。
誰もいない廊下で、新人を相手に変顔したり、得意のモノマネを披露してる姿も、何度か見た。
さすがにやりすぎだよ、と思ったが。
その彼女が泣くなんて。
何があったんだろう。
でも、聞けない。
なぜなら、あの子は今、別の男の胸の中だ。
今日は風が強い。
男が勝ち誇ったように、僕に視線を投げてきた。
僕は背伸びして着ている、トレンチコートの襟を立てた。

迷子の記憶

お正月、家族親戚で集まって話していてふと思い出した記憶があり、その話でかなり盛り上がった。
それは私の覚えている限りどうやら初めての記憶で、迷子の記憶だった。

私が2歳の時、母は妹を妊娠中で祖父と祖母は私が退屈しないようにと近所の大きな植物園に連れて行ってくれた。
母がいないことに対してどう思ったかは覚えていないけれど、おそらく不思議だったのではないかと思う。
祖父と祖母がトイレに行くと言ったのだが、私は植物園の暗いトイレに入りたくなく一人で待っていると言った。
ここからが今では考えられないのだが、2歳の子供を残して、祖父も祖母も同時にトイレに行った。
絶対にここから動かないでね、と言われお姉ちゃんになるから動かないと言ったらしい。
しかし、いざ一人になるとなぜかわからないがどうやら私は自由気ままに動いてしまったようだ。
そのあと覚えているのは、私を大慌てで探していた祖父と祖母に会ったときの、なんだかとんでもないことをしてしまったんだという後悔だ。
子供心にやってはいけないことをしてしまったんだ、ごめんなさい、困らせてごめんなさい、という記憶が私の中で覚えている限り初めての記憶と感情だった。

お正月みんなで話していたときは、子供を置いて行った祖父と祖母が悪いよね、という話で落ち着いたのだが、私は未だにそれ以来、二人を困らせることが何より申し訳ないと思っている。
2歳ながら自分の中ではどうやら迷子はとても強烈な経験だったようだ。

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