女子トイレの緊張

実はわたしは彼を一目見て好きだった。
妻帯者かと思ったし、そんなに偏差値が高い印象も受けなかった。
ただ、素敵な人だなあって目を引かれた。
実直そうで誠実そうで、あんな人って理想のダンナ様だなあ。

奥様って幸せだなあ、見る目あるんだなあって感じ。
その後、彼のプロファイルがあかされていった。
独身とは意外だった。
そして輝ける三田男と聞いて、かなりがっかりした。
そんなに高嶺の花だったんだ。
ほどなく彼は女子社員のターゲットとなりだした。
社内結婚の多い社風らしいし、おそらく適切な誰かの適切な餌食になるんだろう。
今であれ将来であれ。
派遣仲間の子から何気に宣言された。
「あたしからはいかないけど、彼からきたら、あたしはいく」と。
藪から棒に何?牽制?自慢?彼がアロエヨーグルトを食す習慣も特権的なトピックらしい。
もうやりとりが高度すぎてついてはいけない。
深読みすべきか、流すべきか。
女子トイレの今にも破れそうな空気に、神経へとへと。
心細さに年甲斐なく泣きたくなる。
そうか、これは過酷な競争レースなのだ。
お化粧のお粉も乱れ飛び、唇には今年の色が咲き乱れる。
若い彼女たちに敵などいない。
仕事?仕事は不細工で可哀そうな年増の女性がすればいいのって、それ大正か明治の発想でしょうが?。
あああ、男勝りな友人たちの元に飛んで帰りたい。
妹キャラに戻って甘やかされて馬鹿にされてお世話を焼かれたい。
私はキャリア構築の礎を築きに、ここへ働きに来ているというのに。
彼に感じた静かな憧れは、アロエヨーグルト事件やら、緊張裡に満ちた女子トイレの空気で疲弊していった。

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