鉛筆と日記とわたし

今日、せっかく電話してあげたってのに、あの態度はなかろう。
わたしは、日記に向かって思い切り愚痴る。
今も昔も、存分に愚痴れる相手は、日記だけ。

カレシだって、気を抜けないし。
ましてや親友だの友だちだのって、怪しい。

先日、ばったり街角で遭った男に電話してみた。
まあ、学生時代にコンパで呑んで、こっちはそれっきり忘れてた男だけど。
まあ、憎い学生時代の友人をギャフンと言わせたい下心があって、「一緒に同窓会行ってくれない?」って、まあ変な誘いっていえば、そうなんだけど。

でも、何よあの態度は!「今、仕事中なんでこれで失礼します」だって。
じゃあ勤務先の名刺くれたの誰なんです?。
日記を書く手に力が加わる。
紙が破れそうな筆圧になってしまう。

だって、そうでしょ?先日街でばったり会ったときの、彼のあの輝いた顔。
にじり寄るくらいの勢いで、いささか強引だったわよ。
ついに日記が破れた。

わたしは、未だに日記には鉛筆書きなのだ。
でも、消しゴムは使わない。
消したい過去があるわけでも、ない。

我ながら笑っちゃうほどの平凡で幸せな家庭のふつうの子。
ルックスもふつう。
友人の量もふつう。
成績もふつう。

特筆するような不幸も幸運も、なし。
勤め先もふつう。
嫌な上司もいるし、お局さまもいるけど、そこそこ楽しい。

派遣社員だから、定期的に職場が変わるけど、その度に海外旅行に出かけてエンジョイしてる。
親元に住んでるから、金銭的にも不自由はない。
ごくごく、ふつうの女の子。
その自覚はある。
でも、日記は知ってる。
そんなありふれたわたしだって、平凡な毎日だって、積み重ねれば特別だって。
むしろそんなありふれた平和な毎日を享受できることこそ、幸せだって。

わたしは、日記の破れた箇所を、指で擦った。
結局、男に冷たくされたなんてこと、取るに足りないことなのよね。

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