照れ笑い

騙そうと思った訳じゃあない。
修羅場を経験したかった訳でもない。
だが、彼女は派遣終了日だった今日、突然家に乗り込んできたのだ。
どうやって知ったのだろう?そういや最近、日記を兼ねてつけている手帳を、職場のお局に拾われたことがあった。

そこには、俺としたことが住所まで記載してあったのだ。
しかし、お局と彼女は犬猿の仲だったはず。

だからこそ、職場でいたたまれない彼女に隙が出来た。
美人でセクシーで、ちょっと影があって。
オトコなら、誰だってちょっかいを出したくなる存在だ。

しかも、妻は今妊娠8か月。
結婚前、先輩からこうアドバイスされたものだ。
「妊娠中になるとだね、君。やたらと浮気したくなるもんだよ、何故かね」。

それに対して、俺の答えはこうだった。
「なんで?ふたりの愛の結晶を待ち望むいちばんいい時期じゃないんすか?先輩はどうだったんすか?」俺の質問には答えずに、先輩は訳知り顔のしたり顔で笑っただけだった。

俺の今回の浮気を知った先輩の反応も同じ顔だった。
「だから言ったろ」その顔は、そう物語っていた。
だから今度は、俺も似た笑い顔を先輩に返した。

おちゃめな照れ笑いだ。
それに彼女だって楽しんだはずだ。
そりゃあ、既婚者だって隠してたことは悪かったかもしれないが。
言いそびれただけだ。

家に乗り込んできた彼女の顔は、般若だった。
「大いに楽しませていただきましたわ、奥様」。
怒りを押し殺した声で妻に告げるオンナの形相ったら。

しかし、さすがの彼女も、妻の8か月の大きくせり出したお腹を前に黙り込んでしまった。
物言わぬ仁王立ちだ。
妻も、みるみる顔色を変えた。

彼女の様子から、はったりでないことが分かったのだろう。
こんな修羅場って。
そこまで悪いことをしたか?俺。

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