雑談が苦手な美容師

「実は小学生から、ずっと日記をつけてるんっすよ」
行きつけのヘアサロン。
全国にチェーン展開するこの美容室は、くるくると人が変わる。
美容師さんって過酷な職業って知ってる。

にしても、このサロンは人の出入りが激しすぎる。
「へえ、意外だな」わたしは鏡越しに彼にことばを返す。
美容師さんにしては、ずいぶんとシャイな雰囲気の人だ。

話が弾まないのだ。
雑談が苦手な美容師さんか。
でも、このヘアーサロンの経営者であるカリスマ美容師の話になると、俄然熱が入った。

「とにかく、神なんっすよ。
技術もだけど、センスがね。
今の日本のヘアースタイルを牽引してるのって、実は彼なんですよ」。
どうやら、本気で心酔しているらしい。

にしては、そんなカリスマが経営するこのサロンで働く人は、みんな疲れ果てている。
大量の白いタオルの山を運ぶアシスタントらしき女性。
ブローとかシャンプーしてくれる男の子たちは、もううんざりした様子。

でも、「オススメのシャンプーってあります?」と水を向けると、急にイキイキとスイッチが入る。
おそらく、売上のノルマがあるのだろう。
「年末セールなんっすよね、今。

定価だと三千円以上するんすけど、今なら1本10パーセントオフ、3本なら30パーセントオフ。ヤバいっすよ」と、ヤバいらしい。
でも、日記をつけているというこの美容師の男は、シャンプーもアウトバス・トリートメントオイルも売りつけてこない。

北海道出身とのことだ。
純朴そうな彼の風情は、ガラス越しの大都会の風景をバックにすると、ちょっと痛い。
どんな日記を書いてるんだろ?覗いてみたい。

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